Blog代表のブログ

45歳の大晦日

2021.12.31

人生は線なり

最近まで「しまうまのおしり」とか呑気に見てた中学生だったんですが、気づいたらシソジも半分を過ぎてしまいました。

残りの人生どう生きるか?

を考えれば考えるほど、そして特に考えなくても「自分がやりたいと思うことをしよう」とだけなのでした。

考えてみると、幼少期から「みんながしてるから」という考え方に同調することができず、また親に「みんなしてるやろ」って怒られても、「え?みんなしてたらやらないといけないの?」とか思ってしまう、現代日本社会の枠に入れない気質を先天的に持ち合わせていたみたいで、ずっと「アホくさいな〜」「私は社会に向いてないなー」と思いながら生きてきたのでした。

が。

しかし。

起業して、とりあえずアテもないので「なんでもやりまっせ」な姿勢でいたら、社会が「あなたはデザインの学校を作って先生をするべきだ」と教えてくれて(要は多くの生徒の方に入学していただき)、「自分が正しいと思ってることを追い求める」という姿勢で生きても許されるようになり、日々が楽しくなりました。

起業前も起業後もずっと頭で考えていることは「どうやって社会と折り合いつけるか?」なのだと思うのですが、起業前は「妥協としての折り合い」、起業後は「社会貢献としての折り合い」、前者はネガティブ、後者はポジティブな考え事なのです。

日々、楽しく生きています。

結局、私は妥協したくないのでしょう。

お金持ちになりたければ、能力とやる気が私が定める「講師としての力量」に値しなくても雇用するようにすれば、たぶん可能でしょう。

私も今より空き時間も休日も増えるでしょう。

でも、うちの両親は私を産む時、そして育てながら、私にそんな人になってほしいと思ってたのでしょうか?

考えてみたら、聞いたこともないのでよくわかりませんし、息子が幼少期から反抗的&デキが悪すぎて期待もされず興味も持たれていません。

ですが、私が見てた両親はいつもイライラしてますが、仕事に関してはアホほど真面目で、人から指名される方々でした。

私も「人様にサービスを売るのだから、最高のものを売りたい」という考えです。
その中で数あるスクールや選択肢の中からお選びいただき、ご指名いただいているわけです。
ありがたや。

そういう仕事に対する姿勢が後天的なものか先天的なものかどちらかはわかりませんし、そもそもこれ読んでくださってる方のうち、誰も坂元家の遺伝子について興味はないと思います。

ということで、自分の思いを形に変えていく中で、

「自分がひとりで先生をやる」

という今の形にまとまとまり、その形で現在動いてます。

経営者がプレイヤーになってしまっては、余程のネームバリューがないと、超えれない収入の壁があるのですが、致し方なし。

私は自分の理念を人に押し付けることができないのです。

人には人の人生があります。

私も人からあーだこーだ言われたらうっとおしいし、会社員時代に何度か経験したことではあります。

そこを上手に導くのが名リーダーなんでしょうけど、私にそこへのモチベーションはなく、私は世界の片隅で細々とやっていればいいわ、と。

ブログ、サイト、Twitter、YouTube、Instagram、TikTokといろんな媒介をムダ遣いして自分を全開にしているので、「このおっさんのもとで学んで、自分のゴールに到達する」と思っていただいた方だけにご入学いただければいいわ、と。

ひとりで担当できる生徒様の数にも限界はありますし。

来年2月で起業後丸10年。

起業前、社会の一員として生きていけないことを自覚し、あてもなく起業した私にチャンスや喜びを与えてくれたのが、それまでただただ仕事だからやっていたデザインでした。

そこに自分が数少ない、人様より得意なことである「学ぶ」ということを掛け算したのが、デザインスクールというお仕事。

自分が求める理想の形になったんだろうと思いながら、どうにかこうにか11年目に。

誰かに動かされる人生は楽しくないけど、自ら動き出した瞬間から人生が楽しくなる。

前者は楽かもしれないし、後者は苦しい時もあるかもしれない。

目の前の楽を選ぶか、継続的な楽しいを選ぶかは自分。

そんな単純なことが少しでも伝わればと思いながら、デザインというものにお伝えすることを変えて、来年も張り切っていきまーす。

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画像:ブログの著者:坂元剛

このブログについて

代表の脳内を大公開。思ったことを思ったまんまに書き殴るタイプのブログです。子どもの頃から基本的にフザケてたら、社長になってたり、40越えてたり、パパになってたりしてた人間の駄文です。

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