Blog代表のブログ

アンチテーゼ

2021.7.30

少々、賞味期限切れなネタかもですが。

ミュージシャン小山田圭吾氏が、過去のいじめ問題から開会式の演出から辞任しました。

いじめの内容は、本人が雑誌で語ったとされることが全て真実であれば、言語道断であり、人としての彼を一切認めないという評価はごくごく当たり前な人としての感情だと思います。

また、いじめられた当事者の方々の気持ちを思うと、再度蒸し返されて、屈辱がフラッシュバックしてしまうのではないか、それはいかがなものだろう、と思いました。

こうやってテーマとして上げてる私も同罪なのかもですが、結局メディアを代表とする国民揃ってデリカシーがないです。

さて。

いじめ問題は言語道断として

・なぜ、小山田氏はそんなことを公に発言したのか?(表舞台に立つ人間として、公にして得することではない)
・なぜ、出版社は隠さずにそれを掲載したか?(雑誌の価値を下げる内容以外の何物でもない)

その界隈に詳しくない私の推測なので悪しからずです。

両者共通のテーマとして「アンチ社会」「アンチ大衆」があったのではないか、と。

アンチ社会なわけですから、いかに自分が社会的な常識から程遠い人間であるかをアピールしないといけない。

そうやって、

「俺たちは社会からは認められない存在」
「俺たちを評価できない社会はクソ」

な思いが、そういう人として本当にクソなことを自慢させちゃったんじゃないでしょうか?

小山田氏は小沢健二とフリッパーズ・ギターを組んで、解散し、解散後小沢健二が一般的には大ブレイクしました。

小山田氏は音楽好きな友人の方々が高い評価をしていましたが、メジャーというわけではなく、現在の両者への評価を考えると、正当な評価をしない、単なるCMソング、ドラマの主題歌等、よく聴くから流行り、いい音楽であるという社会への苛立ちは相当なんじゃないかなって思います。

今の私自身が他のデザインスクールや、サロン、セミナーとかと同列にされる、もしくは下に見られることに、アホくささを感じてるところもあり、「そういう気分にもなるやろなー」とは思わないこともないです。

完全に矛先を間違ってるんですけどね。

20何年後に、流行は去り、自分が実力者として評価されるようになったときに、社会にスネて悪ぶった自分がブーメランのように返ってくる。

いろんなことを考えさせる出来事だったなと思いつつ、呑気に日本代表選手を応援してます。

祝日は休み!!

な弊スクールですが、今日、明日と開校しております!!

自習で課題作成、ポートフォリオ作成にスクールを使用されている方もいらっしゃいますので、弊社スクールのシフトを調整して、毎日開校するにしました。

私は先週がっつり3日間お休みいただいておりましたが…(閑散期に休んで、露天風呂から平日の社会を眺めるスタイル)。

はて。

卒業生さんの声をYouTube等々で聞けるようにしておりますが、「もっとたくさん制作して、もっと添削してもらっとけばよかった!」と言っていただくことが多いです。

添削や質問はタダです!!

教室での自習中に添削することもございますし、自宅学習型の方々はLINEで画像を送っていただいたものに添削しています。

これが会社に入ってからだと、いろんなことを気にしながら(上司の仕事の忙しさ、ご機嫌、性格、会社の風潮、ダメ出しもらう怖さ)チェックをお願いするよりも、坂元チェックの方が5億倍ぐらい優しいはずです。(入社後に私のエンジェルっぷりに気付いていただけるはず)

課題作成がメインになっている方々は、理論の授業は終了している場合がほとんどなので、後は

「授業で習ったことの度合いの調整」

「授業で習ったことを自分の感覚に落とし込む」

「授業ではお伝えしきれない、プロとして意識する部分(リズムとか細かい役割分担とか)」

を課題制作を通じて、お伝えしていくことになります。

私は皆さんが就職活動時及び面接時にイヤな思いをしないように、入社後に少しでも入社した会社の皆さんから喜んでもらえるように、導こうとしているので、求めているレベルは皆さんからしたら高く感じるのかもしれません。

私としてはほとんどの生徒の方が、私とお話してご入学されたり、私の授業を受けているはずなので、皆さんが望む方向がデザインに関わることであれば、できる限り力になりたいとは考えています。

そこに利益を求めなければ、単なる慈善事業になってしまうのですが、うちを卒業したデザイナー、WEBデザイナーなって皆様が活躍してくださり、うちのスクールの評価が高まれば、その分のお金は十分以上に回収できるって考えてます(ふと冷静になった時に、自分に言い聞かせてます)。

そんな感じでやってますので、使えるものはじゃんじゃんご利用ください〜。

{新卒でWEBデザイナーに就職して3ヶ月な卒業生にいろいろ聞く会}
https://youtu.be/DzDBA76nk6I

[完全未経験からWEBデザイナーに無事転職して3ヶ月になる卒業生の方にいろいろ聞いてみました!]
https://youtu.be/RjSSuoSG0f8

[【聞いてみた】美大・芸大卒じゃないのに新卒でグラフィックデザイナーに就職した先輩に聞く]
https://youtu.be/8uuAwnBDJf0

スナオ

2021.7.17

道後温泉にて夏目漱石のモノマネをば

隠れ家的デザインスクール、知る人ぞ知る、ほっとんどの人は知らない秘境的デザインスクールLogical Design Thinking代表の坂元です。

コロナ禍でスクールの生徒の気質も大きく変化した気がしますし、受講が集中する曜日・時間帯も変化していたりします。

ここ最近思うことは

「みんな授業で習ったことを意識してデザインやってるな〜。すごい。」

と思わされることが増えました。

素晴らしき、皆さんの素直さ。

私は人から教えていただいたことを、素直に自分のものにするのが苦手な人間だったりして、うまくいきすぎたら逆に怖くなって、クマちゃんのイラスト入れちゃったりするような気がします。

でも、皆さん、クマちゃんのイラストを入れちゃったりしません。

1回目の添削時に

「こりゃ大変そう…」

って思っても、2回目の添削時には

「あれ?こないだと全然違ってキレイにまとまってる!」

ということも多いです。

100人に1人ぐらい

「この方はスクールに入らなくても、十分就職はできてただろう」

という方もご入学されますが、昨年ぐらいから入学した生徒の方の傾向としては、もともとの作成時から授業で習ったことをすごい意識してますし、添削で言ったことをきちんと理解して、ブラッシュアップしてくださることが多くて、

「言われたことを一発で理解して再現できるってすごいなー」

と他人事のように感心するばかりであります。

逆にうまくいかない方に思うのは

「言ったことを全然やろうとしてくれない…」

だったりします。

私自身が人から言われたことを再現するのが苦手なので、よくよく理解できる気は勝手にしてるんですが、大切なのは

「やろうとしてるかどうか?」

だと思います。

やってみてダメだったら、その時に疑えばいいと思うのですが、一度信じてやってもらわない限りは、上達はしないと思います。

私はデザインのゴールへの道筋の作り方を授業を通してお伝えしています。

理論化して、言語化したものをお伝えしています。

それはワクチンのようにそのままカラダに染み込んでいくものではなく、一度自分の感覚に落とし込み、自分の感覚や言葉に変換する作業が必要です。

それができないとデザインできないと思います。

たぶん大変です。

いつも言ってるのかもですが、大変だから価値があるんです。

簡単にできるものにはそれ相応の価値しかないはずです。

私自身は何をするにしても不器用なので、必死のパッチで夢中になってやってみるという方法論しか持ち合わせていません。

皆さんの目の前に壁があるとするならば、それは乗り越えた後に見てみたら、意外に低い壁だったと思えるはずです。

壁を大きくしてるのは自分自身。

完全マンツーマンなので、他の生徒の方がつくってるものや頑張る姿を見れないのがマイナス部分ですが、みんなが壁にぶち当たって諦めちゃうスクールだったら、うちの会社なんて、とっくに倒産しています。

人は人、自分は自分ですが、やはりスクールなので、スクールではそんなに難しいことはやっていないと思います。

簡単なこと確実にこなせるように。

そんな感じでお教えしています。

素直さの大切さを私自身が教えられる日々であります。

2月まで高校講師。

ほとんど授業にまともに参加してくれない学生さんたちでしたが、私の授業は

「デザインを通じて、アイデアを出す力を身につける」

ための授業。

個々が抱える「課題」を聞き出し、それらはなぜ発生し、どうすれば解決できるか?を考えてもらう。

そんな身近な課題の解決を通じて、アイデアを出すコツを身に付けるきっかけにしたり、楽しさを知ってもらえたら、そういうこと考えてました。

ほとんどの生徒の方が口にする課題が

「忙しい」

でした。

16時ぐらいまでの授業が終われば学校終了。

部活がそんなに盛んなキャンパスではないため、ほとんどの子は学校終了後に遊び以外の予定、何があるのだろう。

聞くと、塾に行ってる子たちが多かったです。

学校で長々と勉強し、さらに塾?

彼らはノーベル賞でも目指しているのでしょうか。

[疑問①]
塾に入るのは彼ら自身が選んだ道なのか、親に入らされたのか?

[疑問②]
なぜ、塾で勉強しないといけないのか?

[疑問③]
(②の回答は「ちょっとでもいい大学に入るため」だと思うので)じゃ、ちょっとでもいい大学に入ると、その後の人生にどういう影響を与えるのか?

悩める方々にデザイナーとしての技能を教えたり、一緒に今後の進路について考えたりするお仕事な私。

大学卒業後に、人生に戸惑い、目的をうまく見つけれずに、もしかしたらデザインには何かがあるのでは?と思って、ご入学される方が多いです。

そんな日々を送る私には、塾に通い、多忙な日々を送る高校生さんたちが切なくなってしまいます。

彼らは大学入学のアドバンテージを本気で信じているのか?

そんな人生を望んでいるのか?

そして、親たちは大学に入学することで人生が有利に運ぶなんてことを本気で信じているのか?

そして、かわいい我が子にそういう人生を歩ませるべきだと本気で信じているのか?

謎です。

小松未歩です

そんな私も保育園に通う息子君を持つイチ父親。

以前、3歳ぐらいの時に保育園のイベントで、父親同士で

「習い事とか何をさせます?」

みたいな話をしてるのを聞いて、驚きました。

長渕だったら、泣きっ面にしょんべんぶっかけられたと書くところかもしれません。

そんなポエムな人間でもないので、ただ驚いただけなのですが、アーとかウーしか言えない、おむつも卒業できてないキッズたちに習い事…。

私は、その発言をしているパパの顔を見てました。

この顔はそんなにハイソサエティな脳みそを抱えてる顔なのだろうか。

もしくは、自分がハイソサエティではないため、我が子にはしまじろうとか公文式とかさせとけば、ハイソサエティになるとか信じてんのかしら。

わからん。

ワカランチ会長。

なぜ、こどもは遊ぶのか?

遊びの中からいろんなものを吸収するように、脳みそにプログラミングされているというのが私の仮説です。

放っておいたら、寝るまで一生遊んでます。

お風呂の中でも遊びます。

「遊ぶん、飽きたわぁ」

とはならない、それが子どもです。

この時期に遊んでおかないと、生きていくために必要な力を身に付けることができないから、放っておいても遊んでおくように、ホモサピエンスの脳みそにはプログラミングされているはず。

そもそも自然界にはおもちゃもゲームもない。

自分で自然にある材料を何かに見立てて、ルールや配役を決めて遊ぶしかない。

私は生きる、生きるために知恵を絞ることも似たようなものだと考えていて、限られた資源や能力の中で、生き方を見つけていくしかない。

大豊作の年もあれば、大凶作の年もある。

どんな時も生きていくことから逃げられない。

そして、そういう自然のごくごく当り前の変化に一喜一憂しないように、どんなことでも楽しんで生きていく力。

幼少期に遊んでない人は、大人になってからどうやって遊んだらいいのかがわからないのでは?

「丁度いい」がわからないのでは?

私のお仕事は、デザインをできる人を育成するお仕事。

ゼロからイチを作り出すところで苦しむ方が本当に多いです。

脳みその中で想像を膨らませて、いろんな遊び方を考えるようなことが苦手なのかなって思っています。

マニュアルがないとできない。

ひとつひとつ道筋を伝えないとできない。

時には、達成できない憤りの矛先が私に向かうこともあります。

それはもう必死のパッチで脳みそフル回転して、考えて考えるしかないです。

それができないなら、ゼロイチでデザインすることはできないと思います。

イチから10をつくるお仕事、ガッチリ指示を与えられるお仕事ならできるかもしれません。

昔はそういうお仕事も多かったですが、パソコンの進化、AIの進化はそういうお仕事をどんどん奪っているのが現状です。

幼少期から習い事をさせて、高校でも塾に行かせて、その後に彼らを待ち受けているのはどういう未来なのでしょうか。

ちなみに我が家は私の幼少期を参考に完全放置です。

やりたいこと見つかったら、きちんと理由を聞いて、それが本気だったら、できる範囲応援しますけど、何かを無理矢理やらせることはないです。

「彼がひとりで将来生きていけるように」は必死に考えて、「これでいいのかしら?」な日々ですが、本人が望まない限り、何かの習い事をさせることはないです。(本人の希望でトランポリン教室には行ってます)

私自身、小学校時代、高学年にもなるとクラスの半分ぐらいは私立の中学校に入るために塾通いが盛んになり、遊び相手がめちゃくちゃ減って寂しい思いをしたけど、結局そのうちのほとんどが私が入った大学より優秀とされる大学に入ってるわけではなさそうですし、素敵な人生を送ってるわけでもないと思うので(ま、よく知らないんですが)、それやったら遊んでる方が人生得やん、な考えです。

おしまい。

感動の瞬間

2021.6.27

アルコール解禁

ブログを途中まで書いてたんですが、そちらは次回以後に回して急遽差し替えです。
感動は新鮮なうちに。

昨日、授業でのお話。
卒業が間近な生徒の方の授業は制作物の添削が中心になります。

卒業が近づくと

・どうなりたいか?(卒業後・将来)

をお聞きし、現在の能力やその方の特徴も考えながら「じゃ、こういう感じでポートフォリオを作っていきましょう」なお話をします。

生徒全員のことが見えるほど達観できてないですが、卒業まできちんとご受講される方に関しては「この方はこういうところが優れているなー」という部分が見えるぐらいのコミュニケーション量は取っていますし、そこはお伝えします。

「この人、誰でも褒めまくる人?」って思われるんかもしれませんが、社会が人のことを褒めなかったり、適当な根拠のない褒め言葉しか持ち合わせていないので、私が異常に見えてしまうかもしれません。

私自身自分のできないこといっぱい理解しているつもりなので、人のすごいところは、素直にすごいと思います。

「私から見たら」とか「いろんな人を見てきましたが」が付く「ここ、すごいです」です。

そんな感じで「だいたいこれぐらいの時間だったら、これぐらい成長する。ポートフォリオが就活で評価されるレベルになるまではこれぐらいの期間がかかるだろう」っていうのは、予測はつくのですが、昨日は私の予想をはるかに上回るポートフォリオに載せる制作物の数々を拝見し、驚いた次第です。

起業して10年目。

昔は社内会議とかで、従業員教育等をやろうとしてましたが、今はもうしてません。
起業家の精神を伝える、ってのは単なるおっさんのウダ話に過ぎないし、ほっとんどの人にとっては自分事ではなくて他人事なのです。
何時間働いたら、いくらお金がもらえる。
大切なのは何時間でいくらもらえるか?いかにしんどくないか?が社会の公約数であり、そもそも社会に迎合できない自分の変態性を人に押し付けるのは気持ちがいいことでもありません。(私が言うのは「人のためになることが仕事だから、そのための準備をしたり、そのためにいろいろ気づいて行動できる人になろう」とかそんなん)

さておき、昔社内会議で「人が感動する仕組み」についてお話したことがあります。

● 期待・予想を下回る → 信用を失くす
● 期待・予想通り → 満足する
● 期待・予想を上回る → 感動する

これだけなんですが、期待値や予想を上回った時に人は感動するわけです。

デザイナーは人の感情を揺さぶって、行動に移させるお仕事だと思っています。

話を戻しますと、私が感動した対象は制作物の予想以上のクオリティですが、制作者さんが自分に打ち克った成果としての制作物に対してなのだと思います。

面接してくださる方は、そのあたりのサイドストーリーに関して全く存じないわけなので、完全実力勝負だったり、その方の価値観とのすり合わせになるのですが、採用・不採用に関わらず、この方がデザイン制作を通じて得た経験は何事にも代えることのできない、いくらお金を払っても買えない財産だと思います。

大学の時、アイスホッケー部だった私ですが、選手としては本当に部の歴史に泥を塗ってしまい最低だったわけですが、3つ下の後輩は国体代表になったり、私が関西2部リーグに落としたチームを1部に昇格させる原動力になったり、すごい上達したことがありました。

私はコーチとして練習メニューを考え、指示をする立場で接してましたが、私の想像をはるかに上回る成長でした。

大きな喜びと、大きな安堵感は感じましたが、それと共に「いかに現役時代の自分は自分に負荷をかけれずに逃げていたか?」を痛感させられました。

私は「ごちゃごちゃ言わんとええからやれ!」「最後までやれや!」で与える練習メニューに対しては厳しく接してました(これはあくまで坂元体育会系バージョンで、スクールでは大天使坂元先生なので鬼のように優しいです)。

私が言い訳ばっかりして逃げてばかりいたから、先輩も私を教えるのはイヤだったと思いますし、意味を見い出せなかったと思います。

先輩が「人に教えるときに、自分ができるできないは関係ない。」と仰っていたので、そこに忠実にコーチをしていたのですが、23歳の私も45歳の私も、人に教えることを通じて、逆に自分が教えられることがたくさんあります。

45歳にしてやっと人生のスタートラインに立ったぐらいの感覚なのですが、私自身まだまだ発見と成長の日々です。

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画像:ブログの著者:坂元剛

このブログについて

代表の脳内を大公開。思ったことを思ったまんまに書き殴るタイプのブログです。子どもの頃から基本的にフザケてたら、社長になってたり、40越えてたり、パパになってたりしてた人間の駄文です。

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