Blog代表のブログ

分かれ道

2021.10.14

Illustratorを駆使する5歳児

我が息子君が来年から小学生に。

早い。

その分だけ自分の顔がシルベスター・スタローンに近づいたと考えると切ないですが。

なんか我が地区は小学校を近所の数校から選べるのですが、その結果、ブランド化したマンモス校と少人数な小学校に分かれておりまして。

実際に入学する本人を含めた家族3人でいろいろ考えて、少人数な小学校への進学することに。

そんな感じで本日入学説明会というものに行ってまいりました。

パパ業やってます。

他にも数組ご参加されてる方々がいてたので、「1年生は坂元君ひとり」という状態は避けれそうで、ホッ。

今日の説明会をお聞きしたり、Webサイトを拝見したりしている限り、生徒数は少なくても、楽しそうで熱心な小学校で。

授業によっては学年をまたいだ授業になるらしいんですが、あえてそういう教育を行っている学校もあるぐらいなので(そういう学校に入るために引っ越すことも考えたぐらいなので)、少人数ゆえの素敵な教育環境なのではないか、と。

たまたま私のお仕事は教える業ですし、高校の先生をやらせてもらった経験もあり。

1対1でも必死のパッチで伝わる言葉や方法を探しまくる日々なのに、それが1対40とかになると、ある程度はできる子やできない子は放っておかないといけません。

本当は高額なお金を払って私立の学校で学ばせないといけないことを、無料で公立で学べる。

素敵。

ラッキー。

「少人数だと社会性が身に付かない」

「数が多い方が自分と気が合う友達が見つかりやすい」

「イジめられたら大変」

何かあったら、その時はその時。

やる前から負けること考えるバカいるか。

と、私の中の猪木イズムが燃え盛るわけです。

私は逆にブランド小学校卒なのですが、小6になるとみんな入試のために塾に行ってしまい、遊び相手がいなくなるという。

「ブランド校という考えが無理」

という私の思いもあり。

しょうもない。

頑張って塾行って、私立の中学行った同級生くんたちは、みんな私より幸せな人生を歩んでいるのか?

知らない。

付き合いないし。

人生はそんなことで決まらない。

人と違うことやってた方が、それが個性になったり、強みになったりすることの方が経験上多いです。

人と同じことはいつでもできるし、やらなくてもだいたい想像できる。

親ガチャガチャとか言いますが、こんな親のもとに生まれてしまって申し訳ないけど、人生自分次第。

楽しんで生きてってくださいな。

というパパからのメッセージでした。

不安。

生きてる限りはサイコパスでもない限り、不安を抱えてるものです。

じゃ、なぜ不安になるのか?

それは未知なるものに対して

「どうなるかわからない状態で、自分にとってマイナスの出来事があるのではないか?」

「負のイメージを思い描いてしまうから」

ですよね。

私達はヒトの中のホモ・サピエンスという種族です。

ヒト科にも多くの種族がいたらしいのですが、ホモ・サピエンスだけが生き残った、と。

「ホモ・サピエンスの特性が、生存してく上で必要なことを備えていた」

ということだと思うのですが、その特性のうちの代表的なものの一つが

「ビビり症」

です。

すなわち、何か未知なるものに遭遇した時に不安になってしまうのは、ホモ・サピエンスらしいごくごく正常の感情なんです。

ただ、そこの度合いの部分で苦しんでる方々をたくさん見ます。
(必要以上に不安になってしまう等)

「そういう方のお力になれることがないのかな?」

そんなことも自分の人生のテーマの一つだったりします。

特に私達みたいな何かをつくる仕事は、どんな結果が出るかは基本的に未知です。

不安が強すぎると自分がつくったものを世に出せなかったり、そもそも作り出すことすら困難かもしれません。

では、どうすればいいのか。

「どうなるかわからない = 不安」

から

「どうなるかわからない = ワクワク」

に変えたらいいのです。

好奇心に変えようということです。

結果がわかっているくじ引きなんて、全く楽しくありません。

未知なる世界は、自分の世界をより大きくしてくれることが多々あります。

自分の景色が、そして自分がどう変わっていくか?をワクワクしながら迎えればいいのです。

スクール業がメインになって、昔に比べて、より個人の方との接点が増えました。

いろんな人がいる中で、「うまくいってそうな人」と「苦しんでそうな人」の差は、未知という同じ事象に対し、「不安」を抱くか「好奇心」を抱くかなのじゃないかな?とか思ってます。

自分の日々を楽しくするのも苦しくするのも自分自身じゃないのかな、と思う日々です。

主導権

2021.8.17

息子くん倒れる

たぶん、私はいつも楽しそうだと思うのです。

自分ではどう見られてるかわかりませんが、胸を張ってルンルンしながら生きてるんちゃうかな、と。

槇原敬之的な言語センスが私にあれば、「僕の背中は自分が思うより正直かい?どう?どう?正直?ぶっちゃけどう?」としつこく聞きまくり、かえってご迷惑をおかけしてしまう気もします。

5月18日生まれつながりで、いちいちポエムなんです。

あ、デザイナーになりたい方は槇原敬之とブルーハーツの歌詞を分析してみてください。

人間が抱える惑いを、日常のものを利用して、伝える能力。

永遠に叶いっこないかもしれませんが、一生かけても何かをつくる人間として追っかけていかないといけない何かです。

と、イキってみたところで本題に入ります。

「人生の主導権を持つと、毎日楽しくてラクだよ」

というメッセージを、学校運営のどっかに込めています。

生きることに意味感じてるのたぶん人間だけです。

生物は「生きる物」なので、生きないといけないわけです。

生きないといけないわけです。(2回言った)

我45歳。

思い描いてた何億倍も人生楽しいです。

スクールの教室に通ってる方で本棚を見た方はわかるかもしれませんが、私マーケッターの森岡毅さんが大好きで。

憧れで。

「自分の力がどれだけ通用するか、違うビジネスにもチャレンジしたいな―」

と思わせてくださる神みたいな方です。

そんな森岡さんが

「眠れない夜はしょっちゅうです」

って言ってました。

それだけスケールも責任も大きいもの背負っていらっしゃるんでしょうね。

私は日々熟睡。

疲れてなさすぎて寝れない夜は最近ありますが…。

とりあえず、日々楽しく過ごすには

「自分が人生の主導権を持つ」

ことだと思います。

「掛け替えのない存在」

になればいいのです。

私はウルトラニッチな場所に出会えたので、自分の代わりが見当たらないので、そういう面でメンタルは楽です。

天才君たちが後からやってきたら困るので、今の間にうんと差を付けておこうな毎日です。

たぶん、結構いろんなものを見て、いろんなことを考えています。

みなさんが将来社会の中でどのような役割を担っていくかはわかりませんが

「掛け替えのない存在」

になれば、自分が優位に立てます。

「掛け替えのある存在」

すなわち、代わりがいくらでもいる存在だと、我慢や無理を強いられるんだと思います。

目の前のことを全力で期待以上に。

その積み重ねが

「掛け替えのない存在」

に導き、人生に主導権を与えてくれるんじゃないでしょうか。

ゴール

2021.8.8

五輪の野球を見て真似る息子君

スクールの無料カウンセリング(入学前の体験説明会?)は、ほとんど私が担当させていただいているのですが、まず最初にお聞きするのは「なぜ、デザインやWEBデザインを学びたいのか?」です。

ゴールの確認です。

ゴールがわからないと、そこまでの道筋を提案することもできませんし、そもそも私はそのゴールには不要かもしれません。

「お金もらえたらいいやん」

と思われるかもですが、自分が役に立てないことでお金はもらいたくないわけです。

かっこよく言ったら、プロとしてのプライドです。

実際言ってる私はかっこよくないです。

一切デザイン業界やWEB業界に携わってない状態で、明確で詳細なゴールを言われても、だいたいの場合は想像通りの世界じゃなかったりもするし、簡単な道筋でもなかったりもしますが、とりあえず

「WEBデザイナーになりたいです!」

「デザインをお仕事にしたいです!」

「将来的に在宅でフリーランスでやりたいです!」

ぐらいのゴールは当然皆さんお持ちなわけです。

そのゴールを確認し、曖昧なイメージを、ちょっと具体的にし、良い悪い含めた部分もきちんと説明し、そのためにはこうするのはいかがでしょう?と、提案させていただきます。

そして、ゴールを目指して、皆さん学ばれ、コース受講の2/3が過ぎたぐらいで、改めてゴールの確認をします。

この時には、前より具体的にデザインのこと、デザイン業界で必要とされる技量のことをイメージできるようにはなっているので、入学前のゴールと大きく変わる方もいます。

それで全然問題なしです。

その辺りから、デザインの理論や実践を繰り返して、デザインやWEB制作の本当の難しさに直面し、不安になったり、好き嫌いがより明確になったりします。

都度「ゴールの確認」を行い、「そのためにはこうしたらいいですよね」と提案しています。

私がゴールを決めることがないのは、責任は自分で背負うことが成長においてとても大切なことと考えているからです。

ただ、その方の性格、人生観、得意・不得意、趣味嗜好、モチベーション、ポテンシャル等を判断して、

「こういう会社さんとかはどうでしょう?」

「WEBショップスタッフという道もありますよ」

「コードが嫌いなら、WEBより紙ベースのデザイン会社の方がいいですよ」

など、提案はします。

決定はしません。

選択肢をいくつか提案し、選択はご本人が行います。

そのためのポートフォリオを一緒に考えて、アドバイスするような形になります。

さて。

なんやかんやオリンピックを見てます。

他の競技より思い入れの強い野球を見たり、マラソンを見て思ったことを。

私は野球ヲタクなんで、ドラフト会議前から選手の前情報とかには目を通しているので、各選手に思い入れがあるのですが、その中でキャッチャーでベストナインに入った甲斐拓也選手は、ドラフトで育成選手を含めて一番最後に指名された選手です。

言うなれば、プロのスカウトの評価が一番低かった選手です。

でも、後から聞くと育成選手時代から、他の選手と練習や野球に取り組む姿勢は全然違ったらしいです。

プロで何年も食べてるスカウト何十人ですら、その人間性は見抜けてなかったのです。

そして、五輪マラソンで6位入賞した大迫選手。

箱根で活躍し、実業団チーム入り。

そのまま所属していたら、一生仕事に困る可能性は低いし、走りながら安定した給与をもらえる。

でも、1年で実業団チームは退団し、「世界と戦うためには世界のトップランナーと日頃から練習しないとダメ」と、単身渡米し、プロのランナーに。

前例のないことで「せっかくの高待遇を捨てるなんてもったいない」「世界のランナーと練習しても日本人は長距離で勝てない」「自惚れるな」と、非難の声も多かったはずです。

マラソン引退レースと決めた今回の五輪で、世界のトップ選手の駆け引きにも対応し、最後まで力強く走りきり6位になった姿。

甲斐選手にも、大迫選手にも「明確なゴール」があり、そこに向けて妥協せず、行動を繰り返た結果だと思います。

世の中には才能を、人格が追い抜いていくことが多々あります。

多くの人は前例を基準に「できる、できない」を判断します。

でも、本当は「できる、できない」を決めるのは自分の行いです。

スクールを運営していく中で、

「世の中がまだ気付いていない才能」

「世の中に必要な人」

「デザイン業界に必要な人」

に出会うことがあります。

ほとんどの人が「他の人より勝っている部分」を持っています。

そういう方々がそれぞれのアドバンテージを武器にして、自信を持って皆さんが社会で生きていければと思いますし、五輪やいろんな場所でそれを実証してくれてる方々がいます。

アンチテーゼ

2021.7.30

少々、賞味期限切れなネタかもですが。

ミュージシャン小山田圭吾氏が、過去のいじめ問題から開会式の演出から辞任しました。

いじめの内容は、本人が雑誌で語ったとされることが全て真実であれば、言語道断であり、人としての彼を一切認めないという評価はごくごく当たり前な人としての感情だと思います。

また、いじめられた当事者の方々の気持ちを思うと、再度蒸し返されて、屈辱がフラッシュバックしてしまうのではないか、それはいかがなものだろう、と思いました。

こうやってテーマとして上げてる私も同罪なのかもですが、結局メディアを代表とする国民揃ってデリカシーがないです。

さて。

いじめ問題は言語道断として

・なぜ、小山田氏はそんなことを公に発言したのか?(表舞台に立つ人間として、公にして得することではない)
・なぜ、出版社は隠さずにそれを掲載したか?(雑誌の価値を下げる内容以外の何物でもない)

その界隈に詳しくない私の推測なので悪しからずです。

両者共通のテーマとして「アンチ社会」「アンチ大衆」があったのではないか、と。

アンチ社会なわけですから、いかに自分が社会的な常識から程遠い人間であるかをアピールしないといけない。

そうやって、

「俺たちは社会からは認められない存在」
「俺たちを評価できない社会はクソ」

な思いが、そういう人として本当にクソなことを自慢させちゃったんじゃないでしょうか?

小山田氏は小沢健二とフリッパーズ・ギターを組んで、解散し、解散後小沢健二が一般的には大ブレイクしました。

小山田氏は音楽好きな友人の方々が高い評価をしていましたが、メジャーというわけではなく、現在の両者への評価を考えると、正当な評価をしない、単なるCMソング、ドラマの主題歌等、よく聴くから流行り、いい音楽であるという社会への苛立ちは相当なんじゃないかなって思います。

今の私自身が他のデザインスクールや、サロン、セミナーとかと同列にされる、もしくは下に見られることに、アホくささを感じてるところもあり、「そういう気分にもなるやろなー」とは思わないこともないです。

完全に矛先を間違ってるんですけどね。

20何年後に、流行は去り、自分が実力者として評価されるようになったときに、社会にスネて悪ぶった自分がブーメランのように返ってくる。

いろんなことを考えさせる出来事だったなと思いつつ、呑気に日本代表選手を応援してます。

  • archive

[ about ]

画像:ブログの著者:坂元剛

このブログについて

代表の脳内を大公開。思ったことを思ったまんまに書き殴るタイプのブログです。子どもの頃から基本的にフザケてたら、社長になってたり、40越えてたり、パパになってたりしてた人間の駄文です。

ページのトップに戻る