Blog代表のブログ

「パパのヒゲが大きくなった」

「ヒゲは長くなったって言うんだよ」

坂元家、朝の会話より。

彼は間違ったことを言ってるのか?

ふと思いましたが、別に間違ってはないと思います。

例えば、Illustratorで面を大きくする時も、線を長くする時も使用するのは拡大・縮小ツールです。

「拡大する」というイメージに対し

・縦と横が共に拡大していく→大きくなる
・縦か横、どちらかが拡大してく→長くなる

ということで、彼の解釈は「拡大するようなイメージ」で、それが彼が6年近く生きてきた「大きくなる」の定義なんだと思った次第です。

コミュニケーションは

①Aさんが頭の中にイメージが湧く
②Aさんがそれに近い言葉に置き換える
③Aさんが言葉でBさんに伝達する
④Bさんがその言葉を解釈する
⑤Bさんが頭の中でイメージする

という順序で伝わるものだと思います。

①は私も息子君も、はたまたスミスも陳さんも限りなく近いと思い思います。

②の段階で

私…長くなる
息…大きくなる
ス…lengthen
陳…更长的时间

に置き換わるみたいです。

イメージを言葉に置き換えることで「定義」ができるようになるのが人間の強みらしいです。

広告デザインは、イメージを色と形に置き換えて表現する力が最低限求められるって考えてます。

言葉に置き換えるだけでも難しいのに、色と形に置き換えて表現しないといけないという。

「コミュニケーションとは何ぞや?」

を考えるのも広告デザインを考える上で、とても重要なことだと思いますし、私も一生定義仕切れないまま死にゆくのかもしれません…。

ということで、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

45歳の大晦日

2021.12.31

人生は線なり

最近まで「しまうまのおしり」とか呑気に見てた中学生だったんですが、気づいたらシソジも半分を過ぎてしまいました。

残りの人生どう生きるか?

を考えれば考えるほど、そして特に考えなくても「自分がやりたいと思うことをしよう」とだけなのでした。

考えてみると、幼少期から「みんながしてるから」という考え方に同調することができず、また親に「みんなしてるやろ」って怒られても、「え?みんなしてたらやらないといけないの?」とか思ってしまう、現代日本社会の枠に入れない気質を先天的に持ち合わせていたみたいで、ずっと「アホくさいな〜」「私は社会に向いてないなー」と思いながら生きてきたのでした。

が。

しかし。

起業して、とりあえずアテもないので「なんでもやりまっせ」な姿勢でいたら、社会が「あなたはデザインの学校を作って先生をするべきだ」と教えてくれて(要は多くの生徒の方に入学していただき)、「自分が正しいと思ってることを追い求める」という姿勢で生きても許されるようになり、日々が楽しくなりました。

起業前も起業後もずっと頭で考えていることは「どうやって社会と折り合いつけるか?」なのだと思うのですが、起業前は「妥協としての折り合い」、起業後は「社会貢献としての折り合い」、前者はネガティブ、後者はポジティブな考え事なのです。

日々、楽しく生きています。

結局、私は妥協したくないのでしょう。

お金持ちになりたければ、能力とやる気が私が定める「講師としての力量」に値しなくても雇用するようにすれば、たぶん可能でしょう。

私も今より空き時間も休日も増えるでしょう。

でも、うちの両親は私を産む時、そして育てながら、私にそんな人になってほしいと思ってたのでしょうか?

考えてみたら、聞いたこともないのでよくわかりませんし、息子が幼少期から反抗的&デキが悪すぎて期待もされず興味も持たれていません。

ですが、私が見てた両親はいつもイライラしてますが、仕事に関してはアホほど真面目で、人から指名される方々でした。

私も「人様にサービスを売るのだから、最高のものを売りたい」という考えです。
その中で数あるスクールや選択肢の中からお選びいただき、ご指名いただいているわけです。
ありがたや。

そういう仕事に対する姿勢が後天的なものか先天的なものかどちらかはわかりませんし、そもそもこれ読んでくださってる方のうち、誰も坂元家の遺伝子について興味はないと思います。

ということで、自分の思いを形に変えていく中で、

「自分がひとりで先生をやる」

という今の形にまとまとまり、その形で現在動いてます。

経営者がプレイヤーになってしまっては、余程のネームバリューがないと、超えれない収入の壁があるのですが、致し方なし。

私は自分の理念を人に押し付けることができないのです。

人には人の人生があります。

私も人からあーだこーだ言われたらうっとおしいし、会社員時代に何度か経験したことではあります。

そこを上手に導くのが名リーダーなんでしょうけど、私にそこへのモチベーションはなく、私は世界の片隅で細々とやっていればいいわ、と。

ブログ、サイト、Twitter、YouTube、Instagram、TikTokといろんな媒介をムダ遣いして自分を全開にしているので、「このおっさんのもとで学んで、自分のゴールに到達する」と思っていただいた方だけにご入学いただければいいわ、と。

ひとりで担当できる生徒様の数にも限界はありますし。

来年2月で起業後丸10年。

起業前、社会の一員として生きていけないことを自覚し、あてもなく起業した私にチャンスや喜びを与えてくれたのが、それまでただただ仕事だからやっていたデザインでした。

そこに自分が数少ない、人様より得意なことである「学ぶ」ということを掛け算したのが、デザインスクールというお仕事。

自分が求める理想の形になったんだろうと思いながら、どうにかこうにか11年目に。

誰かに動かされる人生は楽しくないけど、自ら動き出した瞬間から人生が楽しくなる。

前者は楽かもしれないし、後者は苦しい時もあるかもしれない。

目の前の楽を選ぶか、継続的な楽しいを選ぶかは自分。

そんな単純なことが少しでも伝わればと思いながら、デザインというものにお伝えすることを変えて、来年も張り切っていきまーす。

Illustrator、Photoshop、Webコーディングが一通り終わったら、デザインの授業。

最初にお話することは

「そもそもデザインって何?」

です。

Google翻訳、坂元大好きDeepLで翻訳してみると

「設計」

って、出てきます。

では、設計って何でしょう?

生徒の方が思う「設計」を言葉にしていただいてから、

「考えて作るってこと」

と、私は考えてますってお伝えします。

「人が考えて作ったもの = デザインされたもの」

と考えると、都会に住んでる限り、あなたの周りはほぼデザインされたものの中に住んでるということをお伝えします。

そして、人が考えて作るということは、全てに意志があり、意味があるということをお伝えします。

そして、それはモノだけではなく、コト(事象、体験)にもあてはまるというお話をします。

「デザインを考えるということは、自分たちが生きている社会を考えることでもあるんです」

「では、身の回りにある形で一番多い形は何でしょう?」

「し、しかくですか?」

「そうです。四角、長方形です。人がデザインするとなぜか長方形になるんです。なぜでしょう?」

答えられる人はほぼいません。

自分の身の回りがデザインで構成されていることにすら、気づかずにデザイナーを目指しているというパラドックス。

いいのです。

スタートラインは皆同じです。

大人になると、四角い理由、丸い理由等々、無関心になっていきます。

全ては「そういうもんだから」と結論づけてたら、ラクに生きていけます。

でも、私達のお仕事は考える仕事です。

私がお教えできるのは紙媒体やWebデザイン等の一部広告のデザインです。

人が何かをつくるときには意図があります。

それを一つ一つ紐解いていき、自分自身で具現化していける力を身に付けていく場所。

「デザインを教えます」

な方や場所が増えて、みなさんいろんなことを仰ってますが、私はこういうところから物事を考えていく人間です。

そんな私が講師を務めるスクールでよろしければ、皆さんのお越しをお待ちしております。

私のリアルなお仕事は学校をデザインし、授業をデザインし、生徒のゴールまでの道筋をデザインするというお仕事です。

長年、広告を考えて作ってきた経験、自分自身がどうありたいか考えて作ってきた経験をベースに新たな“デザイン“にチャレンジする日々です。

デザインが自分に生きていくチャンスを与えてくれたので、それを一人でも多くの方に伝えられればと思いながら生きとります。

「デザインって難しいんですか?」

「うーん。簡単ではないです。」

「何がどう難しいんですか?」

お仕事上、以上のようなやり取りをすることもあります。

新規生徒の方をいかに増やすか?が大切なお仕事ではありますが、相手の方が欲求を満たすサービスを提供できないのなら、そこは正直に伝えねば。

「趣味はございますか?」

「その趣味の楽しいところはどういうところですか?」

あくまで一例ですが、このような質問をこちらからします。

スムーズに答えを出せる人にお会いすることはほぼありません。

「自分が好きなことすら人に伝えられないのに、人の脳の中を汲み取って伝えることが簡単にできますか?」←お仕事としては時に相手の脳内にないものを提示することも

「普段使い慣れている “言葉” で人に伝えられないのに、それを“言葉” だけでなく “色“ や “形“ も使って人に伝えることが簡単だと思いますか?」

こっちも必死です。

苦しんでいる生徒の方を9年間たくさん見てきました。

「論理的にお伝えする」

とは言ってても

「簡単ですよ」

とは、ひと言も言ってないんですよね。

言葉や知識なら暗記できる人は暗記できるかもしれませんけど、感覚は暗記できないので、自分の感覚に落とし込まないといけません。

それには試行錯誤の過程が必要になります。

難しいから価値がある。

めんどくさいから価値がある。

自分の人生を有利な方向に導く一つの武器になると思ってます。

武器を一つ持つだけで、背筋をピンと張って生きていけると思ってます。

そんな方を一人でも多く排出できれば。

ということで、「デザインは簡単じゃないよ」なお話でした。

乖離。

私の考えは「お仕事としていざデザイナーになったら、イヤでも四六時中デザインをしないといけないから、伸びる方は伸びるし、合わない方はフェードアウトする」

なので、スクールでは個々人のペースで学べばいいと考えています。

やりたきゃやるし、やりたくないんだったらやらなかったらいいし。

個人個人のご事情まで私は詳しく知らないし、忙しい人は本当に忙しいかもしれないし、忙しいと言ってるだけかもしれないし。

「忙しくてデザインの勉強をする時間がありません!」

「なるほど。で、それ面接の場で言って、あなたは同情されたりして採用されますか?」

と、ご返事する時はありますが。

さてさて。

コーチングの目的は

「自らゴールを設定し、ゴールに向かっていけるように育成する」

らしいのですが、

「皆さんはどこにゴールを設定しているのだろう?」

と、思います。

これは、スクール生に対しても、スクール関係なくデザイナーへの就職を考えている方に対しても。

「デザイナーになりたい」

というのは自分の意思なのですが、

「デザイナーとして採用する」
「デザイナーとしてお仕事を依頼する」

のは、雇用主かクライアントの意思なのです。

なので、相手に求める基準を満たさないといけないわけです。

現場の人がどれぐらいの力量を求めているか?は一度整理した方がいいと思います。

じゃ、どれぐらいできるようにならないといけないか?を考えた方がいいと思います。

「就職できたらラッキー」

ではなくて、能力が全然ないのに就職してしまって、誰よりも苦しむのは自分です。

せっかく雇用してくれた企業にも迷惑をかけます。

長年スポーツをやってきて得たことの一つが

「試合開始のホイッスルが鳴る時点でどっちが勝つかは決まっている」

ということです。

試合というのは、それまでの過程を競い合う場とも言えます。

当日いきなりできないことができるようになったりするはずはないのです。

転職活動、就職活動は準備に何時間かけてもいいアンフェアな戦いです。

思いっきり時間と脳みそ使って勝ち抜いてほしいです。

そこで頑張れる人は一生頑張れるし、そこで頑張れない人はずっと頑張れない人生を送るのかもしれません。
いつかどこかで頑張らない(徹夜しろとかそんなんじゃないけど、必死のパッチで考える時間は必要)と、運良く自分の職業は変わっても、自分自身はたぶん変わりません。

「今ぐらいでいい。可もなく不可もなく生きれればいい。」

な方が多いのも、最近の私の目の前の課題です。

それって、「雇用する側」「仕事を依頼する側」からしたら、単なる自分勝手ですよね。

人って、基本1人では生きれないのです。

誰かに喜んでもらえる人生は、きっとおいしい晩ごはんが食べれる日々だと思います。

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画像:ブログの著者:坂元剛

このブログについて

代表の脳内を大公開。思ったことを思ったまんまに書き殴るタイプのブログです。子どもの頃から基本的にフザケてたら、社長になってたり、40越えてたり、パパになってたりしてた人間の駄文です。

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